ヒロ(江口司)

ヒ  ロ
江口 司

 「我々から見れば沖縄は言葉の庫である。内地の方で損じたものが島では形を完うしている。」と言ったのは、柳田国男である。そんな南島では、蝶を「ハビラ・ハビロ・ハベロ」と呼び、先祖の霊魂だとしている。このところ私は、その蝶に逢いに、いそいそと奄美や沖縄に出かけている。ハビロとの出逢いは、一九八八年から八九年にかけ、熊本県の蘇陽・高森両町を含む、五ヶ瀬川流域の山間集落を、年中行事を中心に、数多くの農家を訪ねるという悉皆調査をしてまわった事からである。そのとき、今はもう作らなくなった「ヒロ」という御幣の原形のような美しいケズリカケがあったということを知った。八九年三月五日に、宮崎県西臼杵郡日之影町鹿川西の内の村中数夫氏宅を再訪し、「ヒロ」を再現してもらった。「ヒロ」は、本来一月十三日に作られたもので、ノリウツギの枝を45センチの長さに切り、20センチほどを樹皮のまま残し、25センチを白茎にして、
その部分を、よく切れる小刀で糸のように一本一本上部に削っていって、白い糸がたくさん垂れた様に見える美しいものができあがる。それを、十四日の朝に、
まず墓地に行き墓石一基一基に供えるように立てる。さらにその家で祀る荒神や萬霊碑などにも立てる。現在はすでに「ヒロ」を祀ることを止めておられたが、
かつて「ヒロ」は、村中家で祀っているものの数だけ、五十数本も作ったと言われる。また、この地区では、お盆にも「ヒロ」が作られて水の子と一緒に墓に供えられたと、別の古老からも聞くことができた。このような、小正月と盆に先祖や荒神や萬霊を祀るのに「ヒロ」という、もう人々から忘れさられているケズリカケを供える行為に、現代につづく神仏信仰以前の原初的な祀り方を感じられずにはいられない。そんな「ヒロ」が、その時、急に吹きだした風にヒラヒラとなびいている様を眺めていると、「ヒロ」というケズリカケは「ハビロ」の姿に違いないと思った。文化人類学者・大林太良氏の大著『銀河の道・虹の架け橋』の[霊魂の蝶]の項に「日本での蝶の存在を古くは、人の魂と考えられていた。」とし、「古代ギリシャ、ローマでも蝶は霊魂のことで、スロヴェニア人は、鬼火、蝶、魔女は同じ言葉で表わされるという。また、ヨーロッパばかりでなく
大平洋諸島や北米インディアンの多くの部族にも、蝶は天と地の中間に現れ、天地のいずれにも属さず。色美しいが、儚(はかな)い存在だからである。そして蝶は霊魂と同一視されることが多い。」と述べられている。

熊本日日新聞夕刊2000年1月31日